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旅立ち

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4/30(水) am2:31 jakkyの義兄 永眠 
享年82歳



私のすぐ上の、大好きだった亡き姉の ダンナ様。

子供がいなかったのと、
兄のご姉弟が他界されているので、
昨晩のお通夜と今日の告別式は、僭越ながらjakkyが親族代表として「喪主」を務めさせていただきました。

14年前の11月半ばのある朝に、「風邪ひいたみたい。今日はおとなしく寝ているわ」
と言って、その日の午後3時に急死してしまった、大好きだった姉。


日本芸術人形協会の本部の先生で、日本中の生徒さんが毎月お勉強する教材を
創作するのに四苦八苦しながらも、子供を作っているような愛情を注いでいた姉。

体が弱く、子供に恵まれなかったので、自分が亡くなった後のダンナさまの事を一番心配していた姉。

姉が他界したあと、5年以上も部屋を片付ける事を一切拒否しつづけ、悲しみにくれていた義兄。

やっと、7回忌を終えたくらいから少しづつ元気になってきたかな。。
自分が頑張らなきゃね・・・といって料理教室に通ったりデジカメで写真撮ったりしていたので、
ちょっと安心して、行く回数を減らしていました。

その姉の13回忌を昨年11月に終えた後、気落ちしたのか
急速に元気(生気)がなくなり食欲も失せて痩せ始め、老化が進んでしまった義兄。

3月末に行ったときにも、えっ!というくらい1ヶ月で痩せてしまい、ボケも進んだ感じで驚き、
もう少し足繁くいってあげなきゃ。。と思っていた矢先だったのに、、、
連合いの突然の他界というアクシデントで後回ししちゃってました。


4/27(月)の午後2時、週2回介護をお願いしているヘルパーさんから、携帯に電話が。

「今日伺ったら、意識不明でベッドで倒れていますので、救急車でK病院へ運びます!」

すぐに姪でいつも義兄のサポートをしてくれているYと、休暇中の次男に連絡しK病院へ急行してもらう。

姪のYが4/25の昼に電話で話したときは特に変わらない様子だったという。
新聞受けには4/26の朝刊が入ったままだったので、1日半気づいてあげられなかったんだ。。。ゴメンね

jakkyは翌日休めるように準備、段取りして皆さんに依頼し19時に会社を出ようとしたら、次男から電話。
「検査はしたのだがベッドが空いてないので J病院に救急車で転院になった。
保険証を家に探しに行って来て!」

J病院でも検査で5時間かかった後、やんごとなき事情でまた救急車にjakkyも同乗してN板橋病院へ。

救急センターで3日3晩、jakkyとmy息子2人で交代に待機していました。
意識は全く戻らず、大きな呼吸で眠り続けています。

その間に主だったjakkyの身内は面会にくることができました。
兄の側の遠縁の親戚にも毎日様子を連絡したのですが、高齢ですぐに動けないので間に合わず。。

4/30未明、低空飛行ながらも投薬で保っていた各数値がスーーっと下がり始めました。
午前2:31 機械はピーーーーと一直線のラインを映し出し、兄は大好きだった姉のモトへ旅立ちました。

昨晩の通夜では、喪主の椅子には「亡き姉の遺影」を座らせ、14年後のお迎えの形をとりました。

祭壇には、好きだったお酒を供え、趣味の域を超えて教えていた囲碁の碁盤に碁石、
好きだった散歩用ダンディハットのお気に入り3個、趣味のデジカメを飾り、
お清めの席には姉とのLOVELOVE写真や同級生との写真、また「写真展」として兄が撮った写真などを
展示し、お通夜にいらしてくださった皆さんにみていただきました。

連休真っ只中で遠いお寺にも拘らず、町内の方が20名以上も駆けつけてくださって、
ささやかに小人数ながらも、温かいお通夜になったのは、感謝!です。

兄の人徳だな、、、

姉とそちらで久し振りに手をとりあって、仲良くやってね。

合掌。

by jakky123 | 2009-05-03 04:03 | 家族